出雲芸術アカデミー音楽研究院 特別主位研究講座
「理論と実践」~丸山桂介先生をお迎えして 2019
序文
(出雲芸術アカデミー芸術監督・指揮者 中井章徳)
「神話、哲学と宇宙の詩」 ― ミサとシューベルトを巡って ―
截然と区分されて芸術と科学、哲学並びに宗教は個々に独立した領域を形成させているかにみえる。
だが各々の、表層の形姿から目を転じて浮上するのは各領域が根源をなすひとつの根から生まれて、やがて 異なる樹冠をなした知の宇宙体系の姿そのものである。人は自己の周辺を見渡して環境を、更にはそこから高く飛んで世界・宇宙を眺めてその在る様を問うた ―― 万有は何故ここに、このようにして在るのか。
ときに人は、神話と呼び得るであろう語りことばによってこの問への応答を述べ伝え、また別のときに、思索して創造の原理についての論証を記した。その思索と論証の結実したものは自然の学とも、哲学とも、科学とも呼び得る不可思議な体系をなすものであって、いわば特定のことばを採って名づけ得ぬ未分化な、人と宇宙との渾然として一体をなす「根源」たるものであった。
ローマの詩人ウェルギリウスはその『牧歌』の冒頭に、葦笛を手に想い描いて森のムーサへの思索を歌った。
Tityre, tu patrae recubans sub tegmine fagi
silvestrem tenui musam meditaris avena
ティテュルス、広く伸ばした橅(ブナ)の覆いの下で
細い葦の笛を手に 君は 森のムーサを頻りに想っているのだね
世界・万象の凝縮 ―― それを「詩」と呼ぶ。
葦の笛は、古代ギリシアの牧神パーンの神話への幻想を掻き立て、また同時に、笛という、ピュタゴラスに帰される宇宙を計る数比例の器と、その器によって奏される美しい楽の音の世界、即ちハルモニアなる、芸術の女神ムーサの語る自然における一片の美的宇宙誌への思いを告げて充分である。短く歌われた一行の詩文の中に、神話と哲学と科学と芸術の、一切は美しく響き合う「根源」は存在すると言って構わないであろう。
ミサはキリスト教の一典礼に過ぎない。しかしそれは、宇宙創造に関する、かつ宇宙を統べ治めるものについての、更には宇宙を貫いて秩序づける自然科学的法則の一切を、むしろ詩的言語と言って良かろう、創造の主なる神への人の想念を典礼のことばによって纏めた儀礼に他ならない。当然のことながら、ミサについての研鑽には、ミサと呼ばれる形象へと凝縮された「根源」へのまなざしが不可欠であり、その「根源」を数の秩序に立って歌い上げてはじめて、ミサのために記された「音楽」の響きは捉え得ると言わなければならないであろう。
音楽史上の位置付けからして、シューベルトの音楽の把握は困難の一語に尽きる。古典派でもなければロマン派でもなく、敢えていえば歴史の中空に浮かび立つ孤影 ―― それがシューベルトの実像であるということになろう。オーストリアのウィーンを中心に生まれ活動しながらも北ドイツから吹く風に吹かれ、また他面においてギリシアの光を浴びたのがシューベルトであった。
即ち、ヴィンケルマンというひとりの美術史家に象徴されるドイツ・ルネサンスが開示した「根源」に立つ音楽家、そのようにシューベルトは定位されて然るべきであろう ―― 「ミサ」に並行して、短い時の中でのシューベルト探訪を試みる。
(記.丸山)
「理論」連続講義
6月3日(月) 19:00~22:00 (受付:18:45)
第1講義(19:00〜20:10):「ミサ」と「キリスト教の成立」 ― 神話、哲学と神話 ―
第2講義(20:20〜22:00):哲学者「シューベルト」
6月4日(火) 19:00~22:00 (受付:18:45)
第3講義(19:00〜20:10):ミサ ― 神の食事 ―
第4講義(20:20〜22:00):シューベルトと「時」
9月16日(月・祝) 9:30~12:30 (受付:9:15)
第5講義(9:30〜10:40):ミサ、キリスト教と「クレド」
第6講義(10:50〜12:30):ミサとレクィエム ― モーツァルトの場合 ―
9月17日(火) 19:00~22:00 (受付:18:45)
第7講義(19:00〜20:10):バッハと「ラテン語ミサ」
第8講義(20:20〜22:00):19世紀のレクィエム ― ヴェルディへの予備作業 ―
第1・第3・第5・第7講義
ヨーロッパ文化の中枢に在ってキリスト教は単に宗教的側面においてのみならず芸術の領域においても多大な役割を担って来た。だがそれにも拘わらずキリスト教とはどのような経緯を辿って形成されたのか、或いはその典礼であるミサとは何かという問題については一般的には余り知られていない。
音楽家にとって特に重要なミサと、ミサで用いられる典礼文の意味と歴史的背景について、ミサのために纏められた音楽作品の解析を手掛かりに、その一端について検討する。
第2講義
6月の第2及び第4講義はシューベルトの創作世界への探訪に充てられる。
18世紀後半のドイツにおけるギリシア古典の新たなルネサンスと、それに基づく新たな芸術運動について。特にギリシア古典との対峙の中でなされたシューベルトの哲学研究と、その研究の中心課題のひとつであった「劇場」について。
第4講義
シューベルト作品のテンポ ―― それは最終的にはシューベルトの「時間論」を問うことを意味する。シューベルトを衝いた新たな芸術運動の中で問題とされた「聖なるもの」が響くテンポとはどのような時間なのか。出雲芸術アカデミーの講師による演奏も交えて検討する。
(演奏 = ピアノ:今岡美保 / テノール:野津良佑 / ピアノ:望月美希)
第6・第8講義
モーツァルト等の作品で広く知られる「レクィエム」即ち「死者のためのミサ」について。第1講義以降の一般のミサとは異なる典礼文を含むレクィエム固有の典礼文を読みながら、レクィエム=安らぎの告げる意味の中に存在する創造とは何かについて、或いはまた安らぎを定位する永遠について考えてみる。
今回の講義は来年度取り上げるヴェルディの「レクィエム」解析のための予備作業でもある。
※ 定員30名
※ 連続講義のため4講座全て受講が望ましいですが、各日でも受付けます。同時にレッスン聴講もすることで、より深く理解していただけます。
「実践」公開レッスン聴講
※ 定員15名
※ 講義の内容を響きの側面から検証するレッスンですので、可能な限り色々な聴講をおすすめします。
※ 1日全コマ聴講可能です。各前日までに聴講希望コマの予約をしていただきます。
※ レッスン中の入退室はご遠慮ください。予め遅れることが分かっている場合は事前にご相談ください。
※ 聴講されるレッスンの楽譜については各自ご用意ください。
会場アクセス
出雲交流会館 (出雲芸術アカデミー) 2階 〒693-0002 出雲市今市町北本町2-1-10
JR出雲駅からのアクセス
<路線バス> 一畑バスの出雲大社行き、またはJR小田駅行きのバスにご乗車いただき、「出雲市役所前」バス停でご降車後、徒歩6分です。JR出雲駅のバス乗り場はこちらをご覧下さい。利用される場合は本数が少ないのでご注意下さい。<タクシー> JR出雲駅北口タクシー乗り場よりご利用下さい。
<徒歩> JR出雲駅北口から1.3km、20分程度です。
出雲へのアクセス
<JR> 山陰本線 特急『やくも』号が岡山 ⇔ 出雲間で1日15往復運行されています。<高速バス> 岡山 ⇔ 出雲、広島 ⇔ 出雲、京阪神 ⇔ 出雲などの便があります。 中国JRバス、一畑バスなどをご利用下さい。
<飛行機> 出雲空港へは東京(羽田)、大阪(伊丹)、札幌(新千歳)、仙台、静岡、名古屋(小牧)、福岡便があります。出雲空港からは、出雲一畑交通の「出雲市行き」空港連絡バスにご乗車いただき、「出雲市役所前」バス停でご降車後、徒歩6分です。
お車でのアクセス
駐車場に限りがあります。特に平日昼間は公共交通機関等のご利用にご協力下さい。お問い合わせ先
メール: kimura.eri.iaa(at)gmail.com
(上記アドレスの(at)を@に変えてからメール願います)
申込締切:5月31日(金) (6月分)
申込締切:9月7日(土) (9月分)
※ 受付は先着順です。
※ 定員に達し次第、締め切らせていただきます。
※ 申込後のキャンセルはできません。
※ 9月分に関しましては、締切日の時点で定員に達している場合はお断りする場合もあります。
これまでの歩み
「理論と実践」~丸山桂介先生をお迎えして 2018
序文
音楽とは何か、その本質、真髄に迫る待望の四回のシリーズ。ご興味のある方であればどなたでも受講できます。またとない機会ですので、奮ってご参加ください。
(出雲芸術アカデミー芸術監督・指揮者 中井章徳)
出雲講座 '18・夏
- 音楽は古来 聖なるものとしてその姿を人の前に顕して来た。言葉を代えて言う ― 音楽は人の手によって作り出されたものではなく、人間を超えて遥かなる高みに在る。
- いかなる意味においても人間は音を作ることは出来ない。音は聖なるものを宿す自然に内在し、人の手に任ねられた自然の素材を媒介として人の許へと響き来る。自然への畏怖と、人の手を経て漸く訪れ来る響きにこそ人は耳傾けねばなるまい。
- 自然に存在する樹木から人の手は材を切り出し、材の語る声に耳傾けながら器を作る。日本語の豊かにして深い表現能力に告げられて、聖なる響きを容れる器、即ち楽器は存在する。楽の器から響きを紡いで始めて、人の耳は音楽に触れることを許される。
- 古代ギリシアにおいて、樹木は天空の姿に代り、天空から紡ぎ出されて楽の音は天空の秩序を織り成す数の組み合わせによって人の耳に届けられることになった。音楽の基はこうしてロゴスと呼ばれる論理・法則・秩序の器に容れられて今日に至っている。日本語に言う楽器は聖なるものの、天空の秩序の器となり、ギリシア人の呼んだ ハルモニア=調和の響きを人に届けるための道具としてその在ることを普く知られるようになった。
- 或るとき、音楽を巡ってしかし論陣を張ったのは二人の楽人であった ― 音楽の主は誰か。それが論争の因であった。ひとりは、響く天空の秩序、ハルモニアであると言って天を指した。いやいや人の語る声の響き、言葉の歌こそ主であると言って他のひとりはペンを取って記した。この論争に、音楽の歴史は集約される。
- 歴史上、この論争を書物として最初に纏めたのは古代ギリシアの人プラトンであり、この論争に立って音楽史上最初にオペラを完成させたのはイタリアの楽人モンテヴェルディであった。モンテヴェルディの筆によってプラトンの音楽 = 哲学論はオペラとなって復活し、オペラの盛期、バロックの音楽は鳴り響くことになった。とは言え、プラトン復活によって宇宙の、天空の調和を奏でるハルモニアとしての数の響きが消えてしまったわけではない ― 数が告げるハルモニアの問題は最も鋭い形を取って、音律論として鍵盤楽器に関わることになった。モンテヴェルディの同時代者フレスコバルディ、次いでバッハ、更にはショパン …… 鍵盤楽器のためのハルモニアに依拠して数々の名作を遺した彼等が一貫して主張したのは鍵盤の楽器で歌を歌うことであった。楽器は弾くものではない。語り歌うものである ― バッハはそれを要してカンタービレの奏法と名づけた。
出雲講座 '18・夏では以上の問題を掘り下げて音楽の正しい在り方を追究するために以下の四講座を行い、これに併せて響きの側面から音楽について検証するためにレッスンを行います。
第1講義:ルネサンス ― 芸術における創作と実践 ― 第2講義:「楽譜」という宇宙 ― バッハの記譜と表現 ― 第3講義:「古典派」は存在するか ― モーツァルトとベートーヴェン、シンフォニー分析 ― 第4講義:チャイコフスキーと悲劇の響き ― アリストテレスが記した Pathetique ―
(記.丸山)
「理論」連続講義
第2講義:「楽譜」という宇宙 ― バッハの記譜と表現 ― 8月7日(火) 19:30~21:30 (受付:19:15)
第3講義:「古典派」は存在するか ― モーツァルトとベートーヴェン、シンフォニー分析 ― 9月17日(月・祝) 10:00~12:00 (受付:9:45)
第4講義:チャイコフスキーと悲劇の響き ― アリストテレスが記した Pathetique ― 9月18日(火) 19:30~21:30 (受付:19:15)
※ 定員25名 ※ 連続講義のため4講座全て受講が望ましいですが、各日でも受付けます。同時にレッスン聴講もすることで、より深く理解していただけます。
「実践」公開レッスン聴講
9月17日(月・祝) 12:35 受付 12:50 〜 14:00 フルート - C.P.E.バッハ:フルートソナタ イ短調 Wq.132, H.562 14:00 〜 15:30 クラリネット - W.A.モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ短調 KV622 15:40 〜 17:10 テノール - L.v.ベートーヴェン:ゲレルト歌曲集から「自然における神の栄光」「星空の下で歌う夕べの歌」 17:10 〜 18:20 ファゴット - J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007, 受難曲コラールの通奏低音 18:30 〜 20:00 ヴァイオリン - J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番 ト短調 BWV1001 20:00 〜 21:30 ピアノ - L.v.ベートーヴェン:ピアノソナタ第1番 ヘ短調 Op.2-1
9月18日(火) 9:45 受付 10:00 〜 11:30 テノール - L.v.ベートーヴェン:ゲレルト歌曲集から「自然における神の栄光」「星空の下で歌う夕べの歌」 11:30 〜 12:40 ファゴット - J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007, 受難曲コラールの通奏低音 13:20 〜 14:50 ピアノ - L.v.ベートーヴェン:ピアノソナタ第1番 ヘ短調 Op.2-1 14:50 〜 16:20 ヴァイオリン - J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番 ト短調 BWV1001 16:30 〜 17:40 フルート - C.P.E.バッハ:フルートソナタ イ短調 Wq.132, H.562 17:40 〜 19:10 クラリネット - W.A.モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ短調 KV622
※ 定員15名
※ 講義の内容を響きの側面から検証するレッスンですので、可能な限り色々な聴講をおすすめします。
※ 1日全コマ聴講可能です。各前日までに聴講希望コマの予約をしていただきます。
※ レッスン中の入退室はご遠慮ください。各レッスンの間には入れ替わりのみで休憩がない場合があります。開始予定時間までにお越しください。
※ 時間はおよその目安です。また、レッスン時間は、初日の状況によって2日目以降に変わることもあります。その場合はあらためてご連絡します。