丸山桂介研究室 - エッセイ -

 

エピグラム・断想 - (4-2) 〜夏旅 2017〜 (2017年10月27日)

神の召命は人に存在を与える。在ることの、生きて在ることの根拠が与えられて人は在るものとなる。

だが、在ること、呼び出されることは他に傑出することを意味しはしない。人はそれによって漸く、他に並んで単に在るべくして在る人となるに過ぎないからだ。問うべきは呼び出しであって、呼び出された人間の描写ではない。人の傲りに向ける筆が存在しないことは銘記されなければなるまい。

マタイの日々は収税人としての営みにあった。聖書は短く、キリストが家に入って、座るマタイに声をかけてついて来るようにと語ったことだけを記している。マタイは日々の時から抜け出してキリストのことばに従った。

以降、マタイは呼ばれた「マタイ」で在った、にも拘わらず聖書は「マタイ」に関してその消息を一切伝えていない。

日々の営みにあった生から、聖なることば、ロゴスの世界に「マタイ」が超出したことのみを聖書は記したに過ぎない。立って歩み出たマタイの座には空虚が残って、マタイは消えた。

石塊は山から切り出されてミケランジェロの許に運ばれた。呼び出す声が映されて「マタイ」が創出されるために、石塊が神の計画に従ったのだ ― 「マタイ」という「在ることの証明」のために、かつ自然の中に既に在って人の目には映らない「在ること」を人の目に焼き付けるために、神は石塊を整えてミケランジェロの手に託した ― その手を神は必要としたからだ。

フィレンツェのアカデミアで、訪れ来る人々はダヴィデに群がって案内の告げる人の声に耳傾ける。眼差しを「マタイ」に注ぐものは無く、「マタイ」は静寂の中で主に従う歩を運んだ。

深く静かな、バッハがandanteと呼んで表した静謐なるその歩みはしかし「マタイ」の外に在るのではなく、それは、その本質において「マタイ」の内なる歩の響きであった。

呼ばれ立つ「マタイ」の、十字架への烈しいパトスと、しかしその歩みの静寂は相互に反発しあって相容れないもののように見受けられなくはなかろう ― だがそれは相矛盾して他を鋭く排斥するものではなく、召命のパトスは静寂に包まれて在り、静寂の歩は粗いパトスによってのみ齎されるものであるからだ。

ヨーロッパの中世の、ロマネスクの教会に浸透した存在の静寂は、神に対して烈しい闘いを挑んだ後に訪れてその存在を包んだ、パウロの書簡に流れて止まない静かなるものであり、バッハのh MollのPraeludium、十字架へと歩み行くことを告げるべくPraeludiumと表示されたandanteの静謐は、何れも呼び出されて在るものの静寂なる歩みに他ならない。それは「在ることの証明」に立たされたものの、いわば存在が奏でる、別言して悲しみの静寂である。

十字架という語に象徴される、死に晒されて在るものに必然の、忌避し得ないかろやかなる悲しみの歌なのだと言ったら良いであろうか。

「マタイ」の烈しくもかろやかなに飛翔する悲しみの調べはミケランジェロが石塊に読んだ神のロゴスであり、バッハは、自らへと密やかに響き来る天空の歌を聴いてh MollのPraeludiumを書き記した。

フィレンツェのアカデミアに在って雑踏の中に立つ「マタイ」の静けさは、しかし神の孤独を語るのか ― 少なくとも神は「マタイ」を呼ばなければならず、ミケランジェロの、またバッハの、耳目を求めなければならなかったのだ。

エピグラム・断想 - (4-1) 〜夏旅 2017〜 (2017年9月3日)

私は今日「マタイの目」を見た。

ミケランジェロの手がその存在を明るみに晒した「マタイの目」― フィレンツェのアカデミアの一室に座して私はミケランジェロの「目」を見た。

どの位の時間が過ぎたのか。「マタイの目」を見る私の座す空間から時間は消えていた。

夏の旅で ― 私は二つの「目」を見た。

ひとつはギリシアで、いまひとつはフィレンツェで。

ギリシアの「目」は神々の目であった。

フィレンツェの「目」は神を仰ぐ人の目であった。

神々の「目」は人を撃ち、人の目は神、聖なるものに注がれる。

ミケランジェロと新プラトン主義の関わりは指摘される。大理石の塊の中に眠る、未だ見えざる形象をミケランジェロは彫り出したのだ、とも言われる。

しかし、一連の「奴隷」等の彫像についてはともかく、少なくとも「マタイ」に関して私はそのようには考えない。

―・―
神の召命 ― 神の呼ぶ声が、石塊の中から「マタイ」を呼び出し顕現させたのだ。

自然は人の力を超えて在り、その在ることに人の力を必要としはしない。だが自然の中に内在する黙示的存在がその姿を、その在ることを光の下に顕すために、人の手は要求される。

「マタイ」はミケランジェロの手が、その存在を開示させ、現に在るものとしたのだ。

それはミケランジェロの手を媒介とした神の創造であって、石塊という未だ在らざる世界から、或る在る世界へと踏み入ることによって人が人となるべくなされた、創造の業以外の何ものでもない。

アブラムが、神の召命によってアブラハムになったその同一の瞬間に、「マタイ」は誕生した。ミケランジェロの手は、「マタイ」が自らの在ることを証明するために必要とされた。神が、即ちミケランジェロの手を要請したのだ。

 

20.08.2017 フィレンツェ

エピグラム・断想 - (3-3)  (2017年6月27日)

かつて、その在ることを問うて記したのはヒルデスハイマーであった : モーツァルトとは誰であったのか。思えば不思議なことに、問われたのは何故モーツァルトであって他者ではなかったのか。在ることへの懐疑は謎に端を発する ー 誰か或る人間が言を発しての問を超えて「謎」が人の形の存在として在ったモーツァルト。amadeus の名に相応しいのが、その在る姿であったのか ー amadeus 愛したまえ、神よ ama - deus ふと地上に舞い降りて神の愛を人の心に響き聴かせたのは、神の愛への祈りを人の心に植えつけるためであったのか。いまとなっては地上の人間を超えて遥かに遠いモーツァルト。ただモーツァルトが、かつて歌い響かせたその祈りの声が人の耳にはなお鮮やかであるに過ぎない。

 

 

宿命のハ短調は果たして誰がモーツァルトの耳にその旋律を吹き込んだのか。ささやかな分析 ー Kv.475 がソナタへの「序曲」であるなら、その「はじまり」はドラマの幕を開けるものでなければならない。176 の小節を数える「序曲」。この数が、改める迄もない。到来するドラマを内在させている ー 176 は二つの本性、神と人の合わさって「一」なるものを告げる。これを鏡に映して眺めたときに姿を現すのは「二」なる「一」以外の何ものでもない 176 = 88 × 2。88 は「十字架」Creutz を表す。神性と人性による「一」なるものは即ち十字架の「キリスト」であって、この「序曲」が告げるのは「十字架のキリスト」である。

 

併せて 176 は「十字架」によって示される「宇宙」を担う 4 と関わって 176 × 4 = 704 の事柄に覆われている。十字架の形状が見せる 四 は東西南北の、かつ宇宙を形成する 四元素の 四 であって、キリスト教の神学に言う宇宙を治める十字架のキリストを中心のテーマとして「序曲」は響くと言えるであろう。704 はこの、宇宙を治める十字架のキリストのミサ典礼への到来を告げるからである。天上からの、ミサへの到来を喜び歓呼する歌声 ー Osanna in excelsis / Benedictus qui venit in nomine domini / osanna in excelsis 「天のいと高きところにオサンナ、歓迎を受ける方、そのものは主の御名において来られます、天のいと高きところにオサンナ」このミサ典礼文の数は即ち 704 である。

 

はじまりの「序曲」が 176 で歓迎の歌を歌うとき、続くソナタの頭は 177 = 59 × 3 である。栄光、神の存在を告げる Gloria は 59 であって、栄光の神の三位一体は明らかである。と共に、到来される「十字架のキリスト」の「栄光」Gloria は輝かしい。三位一体の、聖霊と共に父なる神の栄光の内に、アーメン cum Sancto Spiritu in gloria Dei Patris = 419 に「栄光」Gloria の 59 はその座を占めている。十字架のハ短調の、陰さす栄光。ソナタの第1楽章の提示部は歓呼の歌声に包まれた Osanna in excelsi … に関わる 74 → 704 の小節で終わり、展開部に入って突然にハ長調に鏡は表裏を転ずる。四分の四 の第1楽章であれば、提示部は 74 × 4 = 296、次の展開部の「はじまり」は 297 の時の刻みを響かせている。297 = Quoniam tu solus Sanctus 「あなたは唯一の聖なる方」 を讃える。ハ短調の影さす烈しく燃焼して止まない響きの中に在りながらも、聖なる栄光のキリストの輝く姿はここで顕現される、とモーツァルトは言う。しかも提示部が反復されるとき、74 + 74 = 148 であって、次の展開部の「はじまり」は 149 = in nomine Domini「主の御名において来られますあなたは唯一の聖なる方」を讃美するのである。

 

 

モーツァルトの作品における数秩序を、しかしいまは深くは問わない。問題は以下の点に存するからである ー 上に眺めた若干の「数」が告げるキリスト教的神学並びに宇宙論は、そのままにバッハ作品に内在してその音楽の存立を支えている、バッハが選び取った「数」に同一である。このことは、恐らく、バッハとモーツァルトの、二人の音楽が同一の思想を響かせていることを告げるであろう。

 

今日に、我々が手にしているモーツァルトの、いわゆる傑作は何れもその生涯の最後の十年間にものされている。この十年はしかも、モーツァルトがバッハの影に立った十年であることを我々は周知している。もしも影響は、影響を受ける人間が選び取るものであるならば、バッハの傍にモーツァルトが立ったのは、或いは立ち得たのは、モーツァルトがバッハの思索の道に立って歩を運び得たからである。思索の道は存在の道に等しく、思索の軌跡は存在の軌跡を響かせて二人の人間の存立を支えた神学的思想の体系を我々に語り伝える。察するに、この思想の体系の共鳴が無ければモーツァルト晩年の、束の間の死の饗宴が華やぐ若葉に覆われることは無かったであろう。

エピグラム・断想 - (3-2)  (2017年2月15日)

ふと思うところがあってモーツァルトの先のソナタの終楽章の譜をめくった ー 319 小節。319 =私がバッハのゲマトリアの解析作業に使う数の一覧に次の記述を読んだ。

 

et ex patre natum ante omnia saecula. 父よりすべての世に先立って生まれ。

 

319 はおそらく『魔笛』と『ドン・ジョヴァンニ』における古様式を通して宇宙の創造論に到達する。むろんそこにフリー・メイソンのロッジも関わっている。或いは新たなモーツァルト像の解明の手掛かりになるか。なお ante omnia saecula はヨハネ福音書の冒頭に繋がって 時間 とは何かの問を内在させている。saecula は宇宙論としての「時間・時」として考えられなければならないであろう。

 

果してモーツァルトはこの「時」をどのようなものとして捉えていたのか。

エピグラム・断想 - (3-1)  (2017年2月11日)

昨日の原宿講義、午後の分析の時間にモーツァルトの ハ短調 ソナタの第1楽章を分析。この時間の主旨である精神史・思想史の上からモーツァルトの立った思想的地平に視線を注いで ハ短調 ソナタを解析。第1楽章が 37 に基づいて構築されていることを説明した。

 

モーツァルトのゲマトリアの問題はなお今後のモーツァルト研究の一課題ではあろうが、少なくともこのソナタに関して 37 即ちギリシア文字の P=15 X=22 として読んでこれをキリストのモノグラムと判断してキリストの、例えば受難の問題からこのソナタを解析してみる価値はあるであろう。

 

どなたか挑戦される方はいませんでしょうか。

エピグラム・断想 - (2)  (2016年7月11日)

昨日、私はショパンを聴いた ― しかしそこで言う「ショパン」とは何か。同じ問はピアノの前に在って「ショパン」を響かせたものにも向けられなければならない。コジャルスキーとは誰なのか。或いはイヴ・ナットは。

 

ショパンは「詩人」であった。とはいえここで言われる「詩人」は、いかなる意味においても俗に喧伝される「ピアノの詩人・ショパン」の意ではない。

 

「詩人」の名を冠するに相応しいショパンという、かつてこの世上に在って短く逝った一個の存在 ― その「詩人」は古代ギリシアにおいて、或いはそれに先立つ幾世代にも亘る人の歩みの中で人間が思索し追求してひとつのことばとして定位させた「詩人」であって、それは「哲学者」に等しい、一個の人間の存在状況に関わるものである。

 

遠い道を歩んで「詩人」となったその人は果たして誰なのか ― それを問うならばプラトンに訊ねるのが良い。プラトンこそ上の幾世代もの人の思索の道を要して、今日に至るその後の時の流れの中で人間の精神の、或いは人間の創造の働きを支える基体を、ことばとして記し遺した人々の言を集約させた哲学者であったからである。

 

プラトンは言う。だがその言説に触れる前に要注意。プラトンの著作の中で、詩を書くもの、即ち社会的・職業的立場に在る、世に言う詩人はその価値を否定される存在以上のものではない。哲学を知の最高位のものとして位置づけるための、これはプラトン的レトリックであり、言うなれば妬みである。プラトンの活動した当時のアテナイにあって、今日においてもなお最高の詩人達の中に数えられる詩人達、即ち悲劇の作家 = 詩人達が存在したことを忘れることは許されないであろう。アイスキュロス、ソフォクレス … プラトンはしかし詩人のことばを理解出来なかったわけではなかろう。その逆に、詩人のことばが自らの魂に深く響けばこそプラトンは世に言う哲学者としての自己の立場を守らねばならなかったに違いあるまい。19 世紀に蘇ったプラトンと言ったら良いのか、このことは徹してワーグナーを批判したニーチェの言を、但しニーチェの『悲劇の誕生』を一読してから読んでみれば判然とするであろう。プラトンの筆には懐疑の目をもって臨まねばならない。では、どうするか ― 鍵を握ると考えられるのは、これもプラトンが繰り返して説き事柄の一中心に据えたと言い得る「魂」の在り方を問うてみることである。

 

音楽をも司る女神ムーサによって哲学もまた修められる。刑死を目前にして語り、夢について述べるソクラテス。夢の中でムーサが命じてソクラテスに「ムーサの業」をなせと言う。その業の中で最高位に位置づけられるのは「知を求めるいとなみ(哲学)」である(プラトン『パイドン』60 / 61、岩波版全集参照)。これに関して、岩波版『パイドン』の訳註は極めて重要である。

 

これまで「ムゥサイの術」と訳した mousike という原語は、それを単純に、文芸とか音楽という言葉でおきかえられない意味をもつ。それは広義には、たとえば「肉体のためには体育術があるごとく、魂のためにはムゥサイの術がある」(『国家』II. 376 E) と語られているように、mousike とは、ひろくは技芸・文芸のすべてをおおい、ほとんど、かのパイデイアー(教養)という言葉と、その意味のひろがりを同じくする語であった。さてその広義の面で、この『パイドン』中の言葉を解釈すれば、哲学(ピロソピアー)は、魂の形成にあたって、一般の文芸・教養の究極にあるものであり、その最高のものだという意味で、語られたとなしうるだろう。―― しかしながら、他方、この箇所を特にピュタゴラス派の思想と関係させ、「ピュタゴラス派は、アリストクセノスによると、肉体を浄化するには医術をもってし、魂の浄化にはムゥサイの術を用いた」(58 D1(DK))という言及などをもとにして、この『パイドン』の箇所に、特に、魂の浄化をなすものとしての音楽そしてそれと哲学との結び付きを、読み取ろうとする試みも、なお注釈家のなかに根強くのこっている。『パイドン』訳註・松永雄二、167頁(訳註原文中の傍点は省略)

 

古代において音楽は詩に等しく、散文と截然と区分されて韻律の法則に立って記された詩の在り方についてアウグスティヌスが論じたのは「詩について」という著作ではなくして「音楽について」de musica という『音楽論』の中であった。音楽は詩の芸術であることを他ならぬプラトンも論じている。改めるまでもなく、音楽は詩であり詩は哲学であって夫々に用いる言語と、事柄を表すべく用いられる技法 ars において異なる法則に立ったに過ぎない。しばしば哲学は森羅万象の本源を衝いて宇宙論の形をとり、在るべきものの真の姿を述べている。他方で音楽もまた、とりわけてピュタゴラス派の論に依拠して宇宙の本源・法則を響かせるものであった。宇宙の本源・法則を言うロゴスを語ってムーサのことばは哲学となり、またそのことばは韻律を踏んで詩となり音楽となった。

 

ムーサ ― ギリシアの神々の中でゼウスと記憶を司る女神ムネモシュネとの間に生まれた九人の娘達。音楽と文芸を司るムーサ / ムーサイ … ムーサイになされる或る人々の死後の報告についてソクラテスは言う。… もっとも年長の女神であるカリオペと、それにつづくウラニアとには、知を愛し求める哲学のいとなみのうちに生を送り、この二人の女神の音楽に尊敬をささげる人々のことを報告するのだが、まことにこの二人の女神こそは、ムゥサたちの中でもとりわけ、天界のことと、神と人間の物語とをつかさどる女神たちであって、その送る歌声は、最も美妙なのである。――『パイドン』岩波 212 頁

 

ショパンが「詩人」であるのは以上の『パイドン』の言説に尽きると言い得る。だがそれに加えられるべき補足は必然の要求である。 ショパンは筆を取って詩・哲学を叙述したわけではない。一瞬に、響き来たって消え行く、それは正しく「瞬間」の芸術に他ならないからである。瞬間は「いま」の時の内に顕現し、なおかつ、いや、それ故にこそ「永遠」を映す。

 

かつて、何かギリシアの映画の中で「明日とは何か」を問われて提示された「永遠と一日」― その「一日」の"とき"を衝いてショパンの音楽は響き来る。「永遠と瞬間」。それこそがコジャルスキーやナットが歌った「ショパン」であった。

 

この項続く

エピグラム・断想 - (1)  (2016年3月9日)

霧に包まれた春近い山並。静寂の中でコジャルスキーを聴く。ショパンのOp.34-2.

 

沈黙の中に響いて彼方の無限を問う道 ― 道は人の歩みを促す。歩みはしかし歩む歩行に限定され得ない。思索の歩みが存在するからだ。道を杖の支えとして、しかし思索の歩みはその歩を運び得る。しかし果たして、歩んで人は何処に向うのか。

 

プラトンは、遥かな時の流れの中で遠く人々の追求した狂気の翼を思索の歩む杖とした。神の霊なる狂気 ― 遺された僅かな記録が届けるイヴ・ナットのショパン。

 

ワルシャワの蜂起。その時に神の霊が人々を衝いた ― ショパンと、そうしてシェーンベルクと。

 

『ワルシャワの生き残り』は歴史の事件を描くことをその最終の目標、思索の歩んで到達すべき終の地としたわけではなかろう。歩んで尽きることの無い道程は、思うに、歩みの一歩の前提に過ぎなかったのではなかろうか。歩んでシェーンベルクが手にしたのは霊が人の口にのせた「申命記」であった。

 

聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。

 

人は果たして、少なからぬ存在の意義を担って在る、肉としての生命の断たれるその時その瞬間に、銃口を目前にして神の掟を口にし得るのか。

 

果てることの無い悲しみと希望の中でショパンの思索の道は続いた。霊に衝かれて徹して思索を深め、深めて狂気の翼に乗ってショパンは天空を駆けた。

 

言葉を書き記すこともなく、ショパンは楽の音を人の手に委ねたに過ぎない。だがその楽の音は、人の呼んで最高の哲学のことばに値する。

 

あらぬものは、あるものにすこしも劣らずある。デモクリトス

 

数は、この宇宙のうちにあるもろもろの事物が永遠に持続するための、支配的な、そして自ずから生りいでた結束である。ピロラオス

 

思惟することとあることは同じことである。パルメニデス

 

あるものを語り、あるものを思惟することは必然でなければならぬ。というのもあるものはあるのであり、あらぬものはあらぬからである。パルメニデス

 

響く宇宙の全体を支えて基底なすバスのひとつの音をショパンは聴いた。何故そこに響いて在る音は存在するとショパンは確信したのか。思えばひととき、狂気の歌は響いて再び消えた。響きは断たれて一瞬に、はるかなる、はるかなる思索の道を描いて消えた。

 

 

註 申命記は新共同約聖書に、初期哲学者断片は ソクラテス以前の哲学者 廣川洋一 による( 傍点の省略は引用者による )。

エピグラム・断想  (2016年2月15日)

エピグラム epigramma を果たして何と訳すか。詩か、献辞か或いは銘なのか。しかしときに、墓誌の短く刻まれた「ことば」が哲学的想念を湛えて存在の軽重を問うて響かせることがある。誰の筆になるのか判然としない、指で数えても僅かな字数に満たない「ことば」の中に歴史の、世界の、また宇宙の姿が渾然として浮かんで読む者の魂を撃つのは、いかなる意味においても単なる筆の力のなせる術ではなかろう。「ことば」を刻んだ者の、「ことば」としてそこに厳然として存在する心の気。その気の力が時空を超えていま、ささやかなエピグラムを読む者の気に浸透して一齣の歴史の舞台を目前に垣間見させるのだ。

 

闘いの舞台に斃れてローマに眠った剣闘士の墓碑に ―

 

彼はここに眠る。土が軽からんことを ……

 

誰の手が「ことば」をここに書きつけたのか ― 眠る者に土が軽くあってくれるように、と言う。生前の、生きることの重みの浄化の希いか。かろやかに中空に浮かんでひととき、土のかろみが歴史の現実の重く在って、なお生きるべく立たねばならなかった人間の孤影を彫る。 果たして誰の口の端に響いた「ことば」なのか。歴史の彼方に一切の現象は消えてなお、響いて在り、響いて在るその響きの中に歴史を編んだローマの、人間の存在の一切を幻影のように透視させる、土の軽くあってくれればと言う「ことば」。名だたる詩人の筆になるわけでもない無名の、市井の人間のつぶやく祈り。「ことば」とは一体何であるのか。

 

エピグラムは一片の「ことば」ではあれ、或いは一片の「ことば」で在ればこそと言うべきなのか、そこに書かれて在る「ことば」はいつの日にか人の耳目に触れて、響いて再びかの時の、土がかけられたその時の歴史の存在状況が人の耳に届けられることを、密やかな願いの中に秘めている ― その「ことば」を深く心に眠る音のことば。人は、この音のことばを記して楽譜という。

 

これから暫時、エピグラムという楽譜を読む旅をする。

 

 

註 上の碑文は『ラテン語碑文で楽しむ古代ローマ』木村凌二 編著 研究社 2011 167頁より