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はじめに

知の乏しい時代に、しばしの逡巡をくり返して「ホームページ」に至った。目下の変革の時代に、乏しい一石を投じられることを願った結果である。

 

変革の時代は、一方からすれば人間の創造の力の発揮される時である。だが他方からすれば、それは精神の不安の時でもある。新しい事柄の出現が、これまでの価値を破壊し、人間の心の安定を奪うからである。人間は、何か生きるうえでの杖を必要とする生き物であるにもかかわらず、知の領域においてその杖が砕かれ、次の一歩を出すに困難を覚える。そうした中で、知に関わって人間は人間に何をなし得るのか、あるいはなさねばならないのか。

 

変革の時代に、人間はまた、ときに歩むべき方向を見失う。まさにいま、人間の世界の混乱が明らかに告げているのが見失われた方向性、闇夜のオリンピックに他ならない。

 

変革は創造である。だが、その「創造」は必ずしもこれまでになかったものの創出のみを意味するわけではない。既存のものに、新たな視を注ぎ、これまで隠されていた知の系を見出すこともまたきわめて創造的である。創造は、何故ならその究極において、知の体系の発見に尽きるからである。

 

ヒトの身体に、微細なトゲがささっても全身がその作用をうけるのと同様に、知の体系もまた、どこかで新たな意味が発見されてその全体の相貌を変える。たとえばプラトンの哲学の全体系が、ひとつの単語の意味の変動によって、その告げるところを変えてゆくことになる。いまは、おそらく、創出と発見と、その二つの相反する方向において人間は創造の道を歩みつつあるに違いあるまい。しかも、かつてギリシアの人々がデルフィに世界の中心を置いたように、今日もまた人は、二つの相反する道を歩んで地球を巡るように、ひとつの中心点に向かいつつあると言って構わないであろう。

 

最新の宇宙科学、脳の科学と古典文献学の解析とが、まさに異なる道をとって一つの問、「人間とは何か」という問を解こうとしている ― 精神医学からして、もしも、自分がどこに居るかを了解出来ないのが分裂病であるならば、人間の歴史は、人間の、分裂病からの脱出の歴史であったと言い得る。人間は、世界を問い解析し、宇宙の秩序を発見し、神を問うて来た。それはすべて、人間が、自己を取り巻く環境と日々の関係を問うべく発した素朴なひとつの問、「私はいまどこに、どのように居るのか」への解答であった。どこの国においても、どの民族においても、またどの時代にも、人間は神話を歌い星空を眺めて詩作した。そのことこそが、人間の知の歴史の根幹の何であったかを告げている―ならばいま、改めて「私のいる場所」を問うて何を描いたら良いのか。その一助になることを願ってこの「ホームページ」は開かれた。これまでに蓄えられたわずかの知を基に、コンピューターという現代の知の器の上で、ひとときの思索が出来ればこれに優ることはあるまい。今日の逡巡こそが、明日の一歩への創造の力である。

 

文: 丸山桂介